五百羅漢と書院

川越に行ったのは、今月初め
いろいろとウロウロしているうちに10月の半ばが過ぎていた
写した写真を振り返ってみると喜多院の一部が主だった
街中の通りは、車と人がせめぎ合いながら観光しなければならず、しかもほとんどは新しく作られた土産物屋のので、つまらない
車にぶつかりそうになりながら歩くなんて、真っ平ごめんだ

喜多院では欠かせないのは、五百羅漢
235年ほど前に作られ538体ある
すべての表情が違うというけれど、いまだに確認をしていない
しかし、時間を忘れるほど魅力的な姿を眺めてしまう

380年前に建てられた、江戸城内の書院は、質素で落ち着いた建物だ
客殿と慈恵堂を結ぶ渡り廊下から庭を眺める
書院造の客殿の前に広がる庭は小さな森の様相だ
渡り廊下で腰を下ろすと、ゆるゆると時間が流れていく

昼時になって、食事のために街中に出た
あふれんばかりの人と車が一本の通りを埋めていた
ここはもはや小江戸川越ではない

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Cosmos

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コスモスの花が咲きそろうと、秋になったと思ってしまう
しかし、今日は真夏のような暑さ
コスモス畑をうろつくと、暑さに負けそうになる
空に浮かぶ雲が少なく、日陰を探してしまう
北海道では8月中になるとコスモスが美しく咲く
しかし今年は、その姿を見ることがなかった
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曙山農業公園ではいつも通りに咲いていたので、ほっとした
秋が来たのだ・・・・
<久しぶりにオールドレンズを使ってみた
F1.4の50mm標準レンズだ
ミラーレスのV2にアダプターとともに取り付けた
マニュアルでしか動作しないが、露出は合わせてくれる
ただ、開放付近(F1.4~2.8)では、ISO100でも露出を合わせることができず、露出オーバーになった
少し甘い感じで写る、オールガラス玉は、使って楽しい
その映像を集めてみた
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超廉価SPのバックロードホーン

秋月電子から4個の8cmスピーカーが届いた
1個が250円という超廉価フルレンジスピーカー(F77G98-6)だ
Net上では人気が高いF77G98-6には、多くの記事がある
ただし、超廉価なので過剰に評価が高い
どんなものか知りたくて購入した
物置にあった古材でバックロードホーンにしてみた
午後から着手して、夕食前には音を出してみた

アンプも超廉価中華アンプ、LepyのLP-168
さらに以前作った10cmカンスピのバスレフのサブウーファーと組み合わせた
結果を書くにはまだ早すぎるが、前評判は加熱した愛好家の気持ちのこもったものだった
確かに250円のスピーカーと思うと、とてつもない良い音だ
サブウーファーが不釣り合いなので、音量を可能な限り絞った
するとバランスの良い音が出だし、ボーカル、ジャズなどご機嫌に聞こえる
高音域のチューニングをすること、サブウーファーを変えることでグレードが大きく上がりそう

私のメインのSPは、フォステクスの16cmフルレンジとツイッターのバスレフでとても良い音(写真の黄色いBOX)
PC+DAC+中華アンプで楽しんでいる
今回作った超廉価SPのバックロードホーンは、魔女のPCの音を出すことになった

夕刊を取りに行くと、カエルがいた
いつももの場所を占拠する
門扉のタイルの間にいることもある
今日は郵便受けと鉢植えの木の葉の上を行ったり来たり・・・
愛嬌ものだ
page廉価SP

20Km

1週間前、北海道から戻った翌日に膝の治療をしてもらった
17年前に右ひざの半月板の手術を担当した先生の診断と治療を受け、この先の膝との付き合い方を教えたもらった
膝の水を10cc抜きヒアルロン酸を注入、鎮痛消炎剤を服用してから、ひざの状態がとてもよくなった
昨日、膝を痛めてから初めて20Kmのサイクリングをした
膝は良く曲げることができ、力を入れてペダルを踏むことができた
変わりゆく季節の変化を楽しみながら自転車を走らせた
田んぼでは稲の刈り取りが進み、刈り取った切り株を焼いて虫の駆除作業をしていた
チュウサギやダイサギが、田んぼや手賀川で見かける
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_DSC4766サイクリング

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鎮守の森の曼珠沙華は、見頃を過ぎていた
真っ赤に染まった小さな神社が好きな風景
今年は来るのが遅すぎたようだ
サイクリング

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_DSC4860サイクリング

_DSC4856サイクリング

田んぼアートは手が込んできた
案山子とは言えない造形は見事
IMG_20170913_131223サイクリング

手賀沼ではカルガモが丁寧に羽繕いをしていた
水浴びを繰り返し、尾羽を一本ずつくちばしで手入れをしていた
まだ夏の名残の葛の花が咲いている
甘い香りが漂っていた
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水の館の撮影スポットでは、手前に市民農園やビニールハウスができて様変わり
撮影をする意欲が失せる事態になっている
手前のまばらに咲いているコスモスでカモフラージュして写したけれど、以前のような写真はもう写すことができない
コスモスの中でスズメの子が休憩中だった
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帰り道が大変だった
ひざを痛めて1か月半ほど、体力が半減していた
自転車が重くて、ほのかな向かい風がとてもつらい
さらに膝に痛みと違和感が出て、つらい帰り道になった

夕方、膝の具合を見てもらった
状態は悪くはなく、ヒアルロン酸を注入して今後様子を見ることになった
うまく付き合えるといいのだけれど・・・

キアシシギ

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谷津干潟は渡りの途中の食事処
キアシシギはわき目も振らず、食べっぱなしだ
谷津の潮目は三番瀬などより2時間近く遅れるという
潮の出入り口が狭いのだ
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イソシギ

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北海道から帰って、日常が戻りました

昨日、谷津干潟で探鳥会をしました
我孫子市鳥の博物館友の会の12名ほどで行ってきました
秋の渡りの都有のシギ、チドリを観たかったのです
干潟に到着したシギチは、おなかがぺこぺこ
一気に数千キロメートルの旅をして、体重が30~50%減っている
だから、食べることに必死です

今日の鳥は、イソシギ
イソシギは流暢なので旅をしていない
だからまるまると太っている
自然観察センターのすぐ近くで愛嬌を振りまいていました
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全行程走行距離!

今年の北海道旅行の走行距離は、6412.4Kmだった
平均燃費は19.3Km/L
ガソリン使用料は332L
これまでの北海道旅行と大きな違いはない

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ふるさと赤平での最後の夜は、エルム高原温泉にてビールで乾杯、別れを告げた
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翌日、思い出に浸るため江差に向かった
姥神神社は北海道で3本指に入る古い神社
祭りは想像を絶するエネルギーだ
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姥神神社は、ニシン漁にまつわる逸話がある
かもめ島はその逸話に結び付く場所
蝦夷地での栄枯盛衰が想像できる

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翌日は函館へ行き、五稜郭に近いホテルで泊まった
五稜郭は2年前ミキとたくさん散歩をした思い出のところだ
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早朝フェリーに乗って、過去と思い出を振り切った
青森到着、9月6日午前11時30分
まっすぐ走って我孫子到着は、午後8時30分
無事帰宅した







江差から函館五稜郭

いよいよ北海道最後の行程
江差から函館にはいった
その前に、行ってみたいところがあった
上ノ国の道の駅だ
2年前この海岸お岩で、ミサゴが子育てをしていた
昨年も確認されている
今年も会いに来たけれど、子育てはしていなかった
巣の跡形もないのだ
海の青さは変わらなかった
トビが低空飛行していた
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函館につくと自由市場に行った
今日はあまりにぎわっていない様子
新鮮な魚がたくさんあった
赤レンガ倉庫街に行って、ランチと土産物を買った
2年前、ミキと一緒に歩き回った思い出の場所だ
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今夜の宿は、五稜郭のすぐそば
五稜郭の五角形の土手を一周
いつもと風景が違っていた
ホテルのチェックインの時間までのんびり散歩した
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帰路~江差へ


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赤平を9時に出た
道中を楽しむため、一般道を走った
札幌から中山峠とニセコを経由して八雲から江差に入った
中山峠から羊蹄山を見て、小豆畑からまた羊蹄山を見た
_DSC2424江差へ

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二年前、2か月滞在した江差の鴎島の夕日が忘れられなかった
良く晴れた日だった
夕日が海に落ちるまで、見えた
奥尻島航路のフェリーの汽笛
灯台の明かり
すべてが2年前と同じだ
一つ違うのは、ミキがいない
二年前は、何度も一緒に鴎島に来た
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今夜の宿は重次郎番屋、コテージというか気が利いたバンガローというか・・・・
砂浜にすぐそば
海水浴するなら、プライベートビーチがあるようなところだ
_DSC2685江差へ

ふるさとの朝

明日の朝赤平をたつ
今日は一日がかりで出発の準備をするので、今朝が別れを告げる日
朝空知川に行って朝日を楽しんだ
雨で茶色になっていた空知川は青く澄んでいた
川岸にはオシドリの夫婦が眠りから覚めていた
子供たちはまだ寝ている

55年ぶりの赤平滞在、たくさんの思い出がある街とは、明日朝お別れだ

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赤平思い出巡り

赤平駅前の通りを北に向かうと市役所がある
その手前に」、根室本線の踏切があった
しかし今は踏切がなく、地下道になっていた
市役所の向かいにある建物は、昔のものそのものだ
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地下道を通らず、赤平神社の先の道を行くと美園町にでた
美園町の交差点を突っ切っていくと、かつて石炭を運ぶための引き込み線の跡が道路になっていた
そのまま進むと、東京へ出てくる前の3年間暮らした家の近くに出た
踏切に近い角地には工場が建っていた
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さらに進むと、二つのずり山を左手に見る山道に出た
この道を登って、夏休みは山歩き
山ブドウや、桑の実を食べた

シマリスやエゾリスを追いかけた
冬はスキーで山を駆け巡り、朝出た4時ころに帰る毎日だった
先に行こうとすると、クマが出る!銃で駆除中!などとの看板がって断念
もはや裏山が安全ではなくなっていた
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生まれたのは西宮下町
今はクマがっ出るという山すそだった
かっての家があったところがどこかわからない
しかし、近くの踏切がそのままだ
冬、道路が凍り付くと踏切の坂をスケートで滑ったものだ
汽車はめったに来なかった
踏切のすぐ先に、小学校がある
いまだに二宮金次郎の像が残っているが、壊さずにいただけかもしれない
小学校は二分の一に縮小され、使われない校舎跡は住宅地になっていた
校庭の端から西を見ると二つのずり山と暮らしていた地域がよく見えた
その右手には、スキーを楽しんだ斜面がそのまま残っている
今でも子供がスキーをしているのだろうか?
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空知川に沿って東へ向かうと踏切が見えた
東宮下町の家の近くの踏切だ
同じ道を戻ると、もう一つの橋に出る
空知川が良き見える橋で、西を見ると豊里のずり山がよく見えた
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橋を渡っていきついたのは、中学校
校舎は変わっているけれど、校庭やグラウンドはそのままだった
大きく変わったのは、3か月だけ通った高校の校舎がなかったことだ
校舎の下にあった思い出のテニスコートはすでに工事中
アパートが建つようだ

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赤平公園ではオンコ)一位の実が赤くなって食べころ?だった
そろそろ秋真っただ中になるだろう
空知川に沿って戻ると、夕日が豊里の山に沈むところだった
なぜか両親が暮らしていた様子を思い描いた

赤平

赤平の地名は、アイヌ語が語源だという
「山稜のガケ」を意味する「アカピラ」、「赤い崖」を意味する「フレ・ピラ」に由来すると言われている
かつて石炭産業で栄え最盛期には59,430人の人口(1960年)があったが、現在は1万人程度だ

朝1時間自転車で赤平を周った
ほんの少しのエリアだけれど、懐かしくてうろうろした
ズリ山は先日登った
標高差100mほどまで積み上げられた石炭を除いた採石は、三角形の形をしている
現役時代は常に新しい石が積まれるので、石の山だった
50年近い年月で、樹木に覆われて他の山と見分けがつかなくなった
頂上から、赤平の山が良く見えた
ほど近い公園に、採炭現場で殉職した人の慰霊碑があった
大勢の人が落盤などの犠牲になった

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次は赤平公園
小さな沼と原っぱと丘の森でできている
5月になると丘に登り桜を楽しんだ
丘の中腹には山桜、沼周辺にはソメイヨシノが咲いた
紅葉も綺麗だった

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旧豊里の踏切は、小学校通学の時に通った道
家から5分ほどの道のりだったが、もっと遠かったように思う
炭住と言われる住宅の周りは、田んぼがあって秋には稲が穂を垂れていた
その当時踏切を通過するのは、蒸気機関車だった
長蛇の貨物列車を飽きずに眺めたものだ
今は1両のジーゼルが行く

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空知川は思い出深い
炭鉱が活況だったころは、黒い水の川だった
石炭を掘って選炭した後に出る黒い水(粉炭が含まれる)が流入していたからだ
日曜日になると、普通に美しい水になる
町を二分する空知川は、冬には凍り付くので徒歩で渡った
もちろん事故の内容に管理されていた
現在は水害の後に堤防が管理して、公園化された
子供たちの遊び場、市民の散歩道になっていた

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午後、エルムケップ山の中腹にある温泉に行った
眺望の良いところだ
オートキャンプ、ロッジ、コテージがあり、日帰りでもテニスやバーベキューなどを楽しめる
私が住んでいた時にはなかった施設だ

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