五百羅漢と書院

川越に行ったのは、今月初め
いろいろとウロウロしているうちに10月の半ばが過ぎていた
写した写真を振り返ってみると喜多院の一部が主だった
街中の通りは、車と人がせめぎ合いながら観光しなければならず、しかもほとんどは新しく作られた土産物屋のので、つまらない
車にぶつかりそうになりながら歩くなんて、真っ平ごめんだ

喜多院では欠かせないのは、五百羅漢
235年ほど前に作られ538体ある
すべての表情が違うというけれど、いまだに確認をしていない
しかし、時間を忘れるほど魅力的な姿を眺めてしまう

380年前に建てられた、江戸城内の書院は、質素で落ち着いた建物だ
客殿と慈恵堂を結ぶ渡り廊下から庭を眺める
書院造の客殿の前に広がる庭は小さな森の様相だ
渡り廊下で腰を下ろすと、ゆるゆると時間が流れていく

昼時になって、食事のために街中に出た
あふれんばかりの人と車が一本の通りを埋めていた
ここはもはや小江戸川越ではない

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帰路~江差へ


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赤平を9時に出た
道中を楽しむため、一般道を走った
札幌から中山峠とニセコを経由して八雲から江差に入った
中山峠から羊蹄山を見て、小豆畑からまた羊蹄山を見た
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二年前、2か月滞在した江差の鴎島の夕日が忘れられなかった
良く晴れた日だった
夕日が海に落ちるまで、見えた
奥尻島航路のフェリーの汽笛
灯台の明かり
すべてが2年前と同じだ
一つ違うのは、ミキがいない
二年前は、何度も一緒に鴎島に来た
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今夜の宿は重次郎番屋、コテージというか気が利いたバンガローというか・・・・
砂浜にすぐそば
海水浴するなら、プライベートビーチがあるようなところだ
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ズリ山、故郷の顔

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戦後から昭和30年代の赤平は、炭鉱の街でとても活気がありました
炭鉱の街の象徴というべきズリ山は、赤平の顔でした
地下深くから鉱石を取り出して、石炭を選別(選炭)した後に残ったものを、トロッコで引っ張り揚げて捨てたものが三角形の山になります
私の住んでいた豊里では、ズリ山が二つ並んでいました
ズリ山の特徴は三角形であることと、トロッコの線路が山麓から尾根を頂上まで伸びていることです
時々、トロッコが登っていくのを見ました

北炭赤間のズリ山は赤平駅の近くにあり、現在777階段で頂上まで登れます
標高差96mを413m登ります
登るにつれ、周りの木々が姿を消して赤平の街が見えだします
500段まで登ると、町全体が見えるようになり、エルムケップ山の頂上が見えます
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山頂へ行くと展望が開けますが、北と西の展望は木立に阻まれて、良く見えません
360度の展望を期待したのに残念でした

住友赤平鉱は平成s初めまで稼働していたと聞きます
立坑の設備のやぐらと大きな滑車が見えます
廃屋が森の中に林立し、廃墟となった姿を見ると、とても悲しくなります
立坑のすぐ近くに、坑口浴場(炭鉱夫が仕事帰りに、汚れを落とした)が廃墟として残っていて、在りし日の姿を思い起こします
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空知川の見えるところに国木田独歩の日があります
開拓時代、独歩はこの戸をよく歩き、その時代を書き記しています
空知川は昭和30年代に大反乱して、赤平に大被害をもたらしました
その後護岸工事がされ、子供のころ遊んで川原には降りる頃ができません

空知川の土手から戸与謝世を見ると、二つの三角形の小山が並んでいるのを見ることができます
懐かしいな~~
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中標津から赤平へ

中標津の滞在は8月16日まで
16日の朝8時過ぎに中標津を出発しました
15日霧雨模様の養老牛と奥摩周展望台へ出かけました
養老牛へ向かう途中、陽の光が一瞬ソバ畑にあたりました
北海道は日本で一番のソバの産地、いたるところにソバの畑があります
養老牛山周辺は、放牧場
小高い山の上にも牛がいます
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_DSC8206中標津から赤平へ

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奥摩周へ行くと、そこは霧の中
霧の摩周湖を始めてみました
中標津の家には小さな天文ドーム、ジャガイモの畑などが近くにあり、散歩を楽しませてくれました
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16日8時過ぎに中標津を出発、美幌峠から屈斜路湖を眺め、遠軽の友達の家を訪問して赤平に着いたのは午後3時半
_D701445中標津から赤平へ

赤平の住まいは、市立病院の医師などの宿舎になっているアパートでした
2LDKの施設が充実したアパートが、これから3週間暮らす家です
歩いて1分に市立病院、2分にスーパーマーケットがあり、便利です
赤平の町は最盛期の1/5の人口に減少
出荷量日本一だった赤平駅は、廃線を議論される根室本線
15歳まで暮らした印象はありません
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17日は富良野まで出かけて、果物と野菜の買い出しをしました
とにかく美味しい野菜や果物が豊富です
4年前にひと月過ごした時の¥を思い出して、市場で買い物、ブドウ畑の真ん中にある六花亭でランチをしました

あすから赤平を探検です
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なかしべつ夏祭り

中標津は、61回目のお祭りでした
11日夜花火大会の予定が月曜日以降に延期
しかし祭りは時折フル霧雨の中続けられました
個人や企業書店のクフによる6000個の提灯は、会場いっぱいに埋め尽くされています
氷の彫刻、各種の演奏、ダンス、ロックコンサート、などが繰り広げられ他メイン会場
その近くの通りでは神輿と踊りの行列
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今夜は盆踊りと仮装大会がある
中標津は帰省した家族が増えて、町が膨れ上がっている

塘路湖からコッタロ展望台まで(クチョロ原野塘路線)

8月9日は釧路湿原を訪ねた
中標津から標茶に差し掛かると、牧草を刈り取ったロールの風景が見え東北海道そのもの・・・ついつい車を止めてしまう
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塘路湖は、カヌーツアーのメッカ
湖や湿原をツアーできる
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塘路湖から湿原の中の道1060号クチョロ原野塘路線を通ってコッタロ展望台を目指した
この道路はおすすめ、砂利道で走りにくいけれど釧路湿原の北端を横断する道路で、湿原の雰囲気を満喫できる
途中湿原のど真ん中を流れる新釧路川では、カヌーツアーの一行が上流からやってきた

コッタロ展望台は、ダート道から舗装道路に変わったところにある
少し登ると展望が開け、コッタロ湿原が一望できる
ここは簡単に釧路湿原を見渡せる
湿原の沼には2羽の鴨(遠くて種類の判別がつかない)がいた

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湿原を堪能した一日だった
もっと湿原を堪能するには、鶴居村のキラコタン岬へ行くのが良い
村の教育委員会で入所許可を得てキラコタン岬へはいるが、野鳥やシカが近くで見られる途中の自然が豊かだ

知床相泊温泉、海辺の露天風

以前は混浴の海辺の温泉
ヒグマが出没したという
今は、男女が分かれてお湯につかる
場所は羅臼から25Kmほど東へ向かった知床、相泊の浜辺
湯につかると、心地よい適度な温度
長旅を忘れてしまう
男湯の目の前は波けしブロックでガードされ、海が見えない
女湯は、目の前が開けて、波打ち際で温泉に入っている感覚とか・・・
海の向こうには国後島が見えた
車道が途絶える相泊にある温泉は、いい湯だな~! だった
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