スモーク

スマートフォンがポンポンポンポmmっとなって、うんともすんとも言わなくなった
電池が切れた・・・と急いで充電を始めた
どうなることか・・・不思議な代物だ

そういえば、最近体が以前のように動かない
サイクリングする頻度がおちだ
テニスも気力のないものになって、つまらない
いろいろ抱え込んだものもうまく始末ができていない
合唱は少しだけ気乗りしてたけれど、最近うまく歌えていない
野鳥の撮影になると、とんとその気にならず、不思議な自分に頭をかしげている

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今日は久しぶりに燻製を作ってみた
豚肉を買い込んであったのを、ハーブソルトとコショウをしみこませ、ワイヤーでつるした
いつものように元蒸し器を燻蒸の容器に使い、小さなコンロに炭火を起こした
手順は間違えなかった
ウイスキー樽のオークでスモークした
燻製DSC_7890

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出来上がると、今までと同じようなものができた
スライスして試食、味付けもほどほど
早速、ニュージーランドのゴーダチーズと一緒に肴にした
マジョが送ってくれた気に入りのグラスに氷とバーボンを入れて、テラスに出た

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すると、気持ちが少し上向きになったように錯覚した



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前庭 迎賓館

迎賓館前庭にはだれでもはいれる
ただし、入る前に持ち物の検査が行われる
私は、和風別館の事前入場許可を得ていたので西門から入り、和風別館と本館、裏庭などすべてを見ることができた
本館見学は事前予約が少ない場合、当日でもはいれるようで、この場合は裏庭まで見ることができる

ま迎賓館前庭は玉砂利が敷かれた前庭のみ歩く
それでも、明治後期の西洋風建物nの魅力を見ることができた

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手前味噌

味噌を作った
手作り味噌を作ってもらい、1年半ほど食べたところ、おいしかった
今年は手前味噌
作ってみたかった
レシピは簡単、今おいしいと思っているのと同じだ
大豆 1.0Kg
米麹 1.0Kg
粗塩 0.4Kg

大豆をストーブの上でゆるりとゆでた
水を足しながら、灰汁を丹念にとって6時間火にかけると、柔らかくなり指で簡単につぶれる
煮汁と分けた大豆を、フードプロセッターで数回に分けてつぶした
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少し粗目のつぶし方だ
米麹と塩を混ぜたものと、大豆を合わせ、丹念に混ぜる
DSC_7298味噌


DSC_7301味噌

DSC_7309味噌


空気を除くように捏ねる
捏ねたら団子状に丸めてまた捏ねる
それをつぶすように、桶に重ねていく
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すべての団子を重ねたら、ラップを2重重ねて味噌のもとにふたをする
空気に触れさせないのが大切だ
落とし蓋をし、1.0~1.3Kgの重しをして、冷暗所に保存
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4~6か月後に顔を見るのが楽しみだ
(調理器具や桶はあらかじめ35%以上のアルコール(焼酎)あるいはアルコール除菌スプレーで、除菌するのが肝心だ)


坪庭から見えたアルプス

これまでで2度目
5月の坪庭からアルプスが一望だった
冬以外でこんなに見通せるのは珍しいと、ロープウエイの関係者の話
今回は真冬の条件の良い日だった
冬はこれまで3度目だが、これほど見通せたのは初めて
曇り空だったり、雪だったりでなかなかうまく見えない
今年はとてもついていた

まづ、全体の眺めを180°対角魚眼レンズで写してみました
足元は坪庭の第一展望所、その先はロープウエイ頂上駅とゲレンデ
茅野の街の先は、左から八ヶ岳の一部、南アルプス、中央アルプス、御嶽山に続いて北アルプスの一部が見える

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左を望むと、赤岳、阿弥陀岳、権現岳、編笠岳、西岳などの八ヶ岳が大きく広がっていた
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その右には南アルプスが大きな壁を築いている
薬師岳、観音岳、地蔵ケ岳、北岳と甲斐駒ケ岳はひときわ大きい
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正面に見える中央アルプスは圧巻
言葉が出ない
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右手には御嶽山、乗鞍岳をはじめ北アルプスの山並み
雲をかぶっていたけれど、山容が素晴らしい
美ヶ原の台地の先に臨む北アルプスは、思い出いっぱいの山だ
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アルプス一望

北蓼科ロープウエイの頂上から坪庭へ行き振り向くと、そこにはにすべての日本アルプスの山並みが広がっていた
何度かに一度こんな風景を見るために、ここへやってくる
東から八ヶ岳連峰、南アルプス、中央アルプス、御嶽山、北アルプス・・・
雪原の向こうには、目を奪うような風景が広がる
-5℃で強風が吹き荒れていても、ここへ来てよかった

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ピラタス蓼科 スキーとトレッキング

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ピラタス蓼科にはスキー場と北八ヶ岳ロープウエイがある
2000m高地だから、ゲレンデの雪質はとても良くて一級のスキー場だ
スイスのLuzernにあるPilatus山に因んでいるだけあって、景観も良い
恒例のスキーだけれど、今年はいつもと様子が違う
祭日と日曜日が重なったせいなんだろうか?
駐車場が満杯、レストランもごった返している
この熱気で雪が解けるかと思いきや、雲が出て気温が下がりとても寒い
-5℃に風が出てきた
4時過ぎると、ぼちぼち変える人が出て、リフトやロープウエイが止まった
宿舎のリゾートクラブへ戻ると、そこも前代未聞の人であふれていた

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一夜明けると快晴だった
この天気ならロープウエイで頂上駅に行き、坪庭を散策できる
銀色の世界にどっぷり浸かるのも、恒例の行事
スキー場とは違う別世界が広がっていた
息を切らして雪中を歩き、樹氷や雪原を堪能した
時折横殴りの風が吹いて、飛ぶ雪が頬をたたくけれど、苦にならない素晴らしい景観だった
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初海

D70_6018初海と誕生時

D70_6104初海と誕生時

DSC_7980初海と誕生時 元旦に房総の海を見た
初海は御宿の月の砂漠海岸(?)
ここは通りすがりには必ず立ち寄ってしまう
砂浜が広がり、渚がきれいなところだ
波打ち際で遊ぶ人、集まるカモメたち
海がキラキラ輝いてとても良い感じだ
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DSC_8206初海と誕生時

D70_6002初海と誕生時

D70_6013初海と誕生時
流れ込む川では鯉とスズガモが遊んでいた
もちろん旅のラクダ像も健在
背景のリゾートマンションとの取り合わせが不思議な世界だ

初詣は上総一ノ宮

D70_5994房総

元旦の朝、房総半島へ出かけた
目的は上総一ノ宮、玉前神社での初詣だった
神社の仮設駐車場へはすんなり入れたけれど、参道へ出てみると長蛇の列
列は街の商店街まで続いていた
1時間以上の待ち時間だとか、毎年元旦はこのようになるようだ

玉前神社の祭神は玉依姫の命、姉と山幸彦の子息鵜芽葺不合命を育て成人になった鵜芽葺不合命と結婚
生まれた男子はのちの神武天皇だという
創始は古く、平安時代には上総の国一ノ宮だった記録が残っている
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小堀(おおほり)の渡しと今日の鳥

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(取手から我孫子方面を望む)

久しぶりに暖かな日差しが降り注いだ
風がなくてうららかなテニス日和だった
今日は取手の利根川河川敷でのテニス、冬は風が強いのでテニスには不向きだ
しかし、今日は全く風が吹かず、快適だった
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テニスコートのすぐそばに、小堀(おおほり)の渡しがある
明治40年(1907)、蛇行した利根川の改修工事が始まった
その結果北相馬郡取手町の小堀地区が利根川の南に分断された
不自由を感じた住民が利根川の南北をつなぐ渡し船を始めたのが、大正3年(1914)
百年後の今は、一般に開放され誰でも乗れる観光事業になっている
運航は日17往復、乗船料は一人だ
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DSC_5615今日の鳥
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小堀の渡し付近で見かけた鳥は、アカハラ、エナガ、シジュウカラ、ヒヨドリ、ムクドリ、カワラヒワ、(これら写せず)、モズ、ツグミだった
テニスの傍らカメラを向けたが、一石二鳥とはいかなかった
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windows10 PCの更新

Windows8.1から無償アップグレードしたwindows10PCが不調だと、知らせを受けた
6~7年ほど前に組み立てたAthlon64、windows7のパソコンは、快適にユーザーの友として活躍していた
windows7から8.1を経て、昨年秋にwindows10に乗せ換えて快調に仕事をしていた
それが、画面がみずらくなることがよくあるという
確認すると、ノイズだ
マウスやキーボードを触ると、ノイズが画面上を占領する
パソコンのスイッチを入れて時間を経るほどに出現する頻度が上がった
マウスやキーボードを変えても変化はない
液晶などのケーブル類は異常はなかった

マザーボードは、Biostar TA780GM2+ だ
マザーボードの不良だと断定して、windows10のバージョンを確認した
バージョンは1607だった
ローカルアカウントでチェックインしていたので、マイクロソフトアカウントの登録をした
また、windows10ダウンロードツールを使って、windows10をダウンロードした
この時点で、パソコンはダウンし、以後目覚めることはなかった

メモリーは手持ちのものを流用、マザーボード、CPUを更新した
マザーボードはBiostar Hifi A70U3P
CPUは、AMD A8 7600
マザーボードにCPUとメモリーをのせて古いのと置き換えると、ハードディスクが動いてwindows10が立ち上がった
Biostar以外のマザーボードを使うと、ゼロからのインストールが必要だから、ありがたい
windows10のログインをマイクロソフトアカウントで行えば、windows10のデジタルアカウントが有効で、認証が直ぐとれた
リフレッシュしたPCは、ユーザーのお宅で何事もなかったかのように、今まで通り仕事をしている

奥(左)が新しくPCに組み込んだマザーボード、手前(右)が壊れたマザーボード
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購入したマザーボードとCPU
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マザーボードにCPUとメモリーを組み込んだもの
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沼田城址

沼田市の地形は、教科書に載る典型的な河岸段丘で、その高低差は70m
市内を行き来するのは大変なところです
その小高い処に沼田城があり、天然の要塞そのものです
しかし、天守閣からの眺めはさぞかしよかったと思われます
D70_3303沼田城 D70_3289沼田城 

人気のTV番組、真田丸で登場する沼田城は、今は城跡公園として残っている
当時のものはほとんどないようで、本丸掘割の石垣の一部は現存している
D70_3296沼田城 D70_3291沼田城 D70_3299沼田城 


吹割の滝

周辺は凝灰岩や花崗岩でできた渓谷
その中を片品川の清流が流れ、岩を削って割れ目を作り渓谷美を生み出した
岩盤の上を流れる片品川は、岩の裂け目で滝となって見事な景観を作っている
水しぶきが上がり、噴水のように水煙が舞う
真夏に涼し気で美しい渓谷だった
D70_3205吹割り滝 D70_3195吹割り滝 D70_3243吹割り滝 D70_3278吹割り滝 D70_3240吹割り滝 D70_3280吹割り滝 DSC_8391吹割り滝 DSC_8392吹割り滝 DSC_8406吹割り滝 

Jazzに酔って


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9月2日から4日までTokyo Jazz Festival
例年忘れずに遊びに行きます
午後12:30が開演なので、前座はランチ、KITTE6階の中華料理を楽しんで腹ごしらえ
ここは見晴らしがよく、皇居や東京駅がよく見えます
DSC_8758TokyoJAZZ.jpg DSC_8759TokyoJAZZ.jpg 
今年はハービー・ハンコックを聞きに行きました
土曜の午後のステージのトリがはーびハンコック
その前は日本の若手(国立音大)とジュリアード音楽院からのゲストが、バンドを組んで演奏
若さあふれる新鮮なビッグバンドで、感銘しました
音とリズムに若さがあふれていました

続いて寺井尚子のバイオリンとパブロ・シーグレルが組んだ、Jazz Tango
軽快で、しかも迫力
バンドネオンとバイオリンの音色が、独特な雰囲気を出していました
情熱的なタンゴで熱気むんむんのフ東京フォーラムAホールでした

さてハービーハンコックの演奏を楽しみにしていたのですが、最近はシンセサイザーを多用しているようです
ピアノの音色とウッドベース、ドラムと・・・アコースティックな音色はありませんでしたが、ヒートアップする元気な演奏を聴きました
今年はひときわ多くのファンが押し寄せているように思えたのは、東京フォーラムでは最後のJazz Festival だからだろうか?
DSC_8763TokyoJAZZ.jpg DSC_8770TokyoJAZZ.jpg  DSC_8781TokyoJAZZ.jpg DSC_8783TokyoJAZZ.jpg 


西の河原公園、草津温泉では「賽の河原」ではなくて「西の河原」と書くようです
上流に殺生ガ原があり、高温の硫黄泉が流れ込んでいる
夏でも湯けむりを上げる西の河原は、たぁり込んだのは湯だった
滝は湯滝、川は湯川
河原をさかのぼると大きな露天風呂があり、人気の湯だ
さらにさかのぼると、国道の前に鬼の相撲場という平坦なところに出る
次に来たときは、賽の河原露天ぶろを堪能すべきだと思った
DSC_8333西の河原 DSC_8304西の河原 DSC_8306西の河原 DSC_8308西の河原 DSC_8337西の河原 DSC_8341西の河原 DSC_8343西の河原 DSC_8345西の河原 DSC_8349西の河原 DSC_8339西の河原 

草津温泉街風景

上州草津温泉は古来から愛される名湯
毎分32,300リットルの高温の温泉が噴き出す
街の周辺には古刹や古社があり、歴史を感じる
街中にはレトロな建物が残り、新しく建てられたものはレトロ様式だ
その風景は、古くからの温泉がとは一味異なる
街中をそぞろ歩くのが、湯に浸かることに続いて楽しい

D70_3053草津 D70_3074草津 D70_3075草津 D70_3076草津 D70_3107草津 D70_3109草津 D70_3118草津 D70_3122草津 D70_3123草津 D70_3129草津 

湯畑

何を栽培する畑だろう
湯畑は草津温泉の名物
町の真ん中でこんこんと湧き上がる温泉をトイのようなもので流している
硫黄の匂いが立ち込め、水蒸気で回りが曇っている
滝のように流れた後は溜まり湯になっている

高温の湯が噴き出すので、湯の温度を下げて温泉旅館などに送っている
それでも、お風呂に流れ込むお湯は熱く、湯もみをする
草津良いとこ~~という歌は、湯もみの時の掛け声のような歌だという

そうそう、ここで収穫されるのは、湯の花
全国へ出荷されるという、草津温泉の名物だ

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秋葉原でほしかったもの ノートPCの修理

最近の一番の楽しみは、稀勢の里の綱とり
昨日二横綱が二敗になって俄然チャンスが来た・・・・と思った
しかし今日稀勢の里が二敗目を喫して、楽しみが半減した

先週秋葉原へ行って一日歩き詰めた
欲しいものがあったが手に入らなかった
ノートPCのキーボードと基盤をつなぐコネクターだ
PCにはもう一つ不足しているものがある
キーボードを支えるフレームだ
これを捜すと、行きつくところ同じ機種のジャンク品だ
しかし、windows7 から10にして使える代物だから、ジャンク品は出ていない
中古品はあるけれど金額が高い、新しいPCを買ったほうがいい
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それで、最終的には薄型で小型のブルートースキーボードを張り付けるのが良いことになった
そう割り切ると安心した
その前に、USBキーボードの超小型がある
タブレット用に購入したが、使っていない
タブレットで複雑な入力をする作業は不向きだった
そのキーボード(タブレットを固定するケースに組み込まれた)を解体し、ノートPCに取り付けた
まるで小学生の夏休みの工作だ
とりあえずキーボードが取り付き、機能上は問題なかった
PCの開閉もできて持ち運べる
しばらく使うことにした
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静かな日光

20人ほどで秋に来る予定の下見のために、東照宮界隈を回ってみた
東武日光駅から神橋へ行き、表参道を登った
とても急な坂だったので、蒸し暑さが格別こたえた
周りに人が少ないと感じながら、前を見ると輪王寺はビルのようだった
描かれた三仏堂がとても不愉快だった
陽明門はじめ大改修工事中だから、人が少ないのだ
五重塔は、芯柱を公開していた
スカイツリーが芯柱構造をまねたのだという
ぶらぶらと二荒山神社へ向かうが、ここも人が少ない
にぎやかなのは遠足に来た小学生だった
大改修工事中の日光東照宮は、平日とはいえまばらな人出だった

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憾満ヶ淵と百地蔵

日光のバス停「西参道」から大谷川(だいやがわ)に沿って15分ほど歩くと、慈雲寺の山門と無人の本堂がある
その先左手には地蔵が列をなしている
右側はがけで、その下を華厳の滝から流れる大谷川がある
この付近は憾満ヶ淵と呼ばれる景観が広がる
さらに行くとまたまた地蔵が見える
これは約70体の地蔵で一列に並んでいることから並地蔵とか百地蔵と呼ばれている
男体山から噴出した溶岩と大谷川でできた奇勝憾満ヶ淵と百地蔵
一見の価値がある歴史遺産だDSC_6901日光

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香取神宮

神社と神宮の違いがよく分かりませんでした

神宮とは皇室とつながりがあるか、天皇を祭神にした許された神社です

御祭神は経津主大神(フツヌシノオオカミ)、現存する社殿は元禄13年(1700年)という

社殿はとても素晴らしく重鎮な趣があります

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D70_2645香取神宮

境内を社殿に向かって進むと、木立が覆いかぶさるように茂って、涼しげな日陰を作っています

秋は紅葉が素晴らしい参道、そぞろ歩く楽しさがあります

巨木が歴史の長さを物語っていました

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回廊、社殿その周りの巨木

それぞれの風情は、喧噪な世間を忘れさせてくれます

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少なかった収穫 南高梅

毎年世間より少し遅く梅の花が咲きます
南高梅の花は、少しピンクがかった色で鮮やか
その実を収穫しました
今年は出来が悪く収穫は1.9Kg
例年多い時で4Kg獲れるので、とても少ないのです

例年は開花すると筆で受粉させるのですが、今年はさぼりました
それだけが原因で収量が減ったのではない気がします
来年の収穫を増やすために何をすべきか、これから考えます

少なかった南高梅の実
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梅の木
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湯ノ湖散策

野鳥の撮影旅行の宿は、奥日光湯ノ湖のほとりだった
標高1500mにある湯ノ湖は、周囲3Kmほどの堰止湖
夕食前に散策に出たがすぐに日が暮れた
夕食は早く始まり、興がのって3時間後に宴が終わっても、まだ夜の9時前
温泉をたっぷり楽しんで、早寝すると、3時過ぎには目が覚めた
仕方がないので、ひと風呂浴びて寝込んだ
5時には目が覚め、外を見ると霧に包まれていた
朝の散策を楽しみにしていたので、少々がっかり
何の気なしに外へ出ると、濡れるほどではないのに気付いて湯ノ湖を一周することにした

日光白根山からの水がたまり、湖畔の温泉から湯が流れこんで湖面から入りが立ち込め、硫黄のにおいがする
歩き始めると、鳥のさえずりが楽しい
キビタキ、ニュウナイスズメ、コガラとヒガラ・・・
歩くほどに霧が晴れて、対岸の湖畔が見えだした
苔むした湖畔を歩くと、シャクナゲが花盛りだった
やがて、湯ノ湖の水が落ち込む湯滝に出会う
以外に落差があって急峻な滝に驚いた
1時間足らずのコースを、花や鳥を追いかけて2時間かかった
帰り着いたら、朝食の時間だった

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Nikon1 70-300 VR

新しいレンズを手に入れた
ニコン1レンズで、70-300 VRだ
これで野鳥の写真を写そうというわけです

今まではシグマの150-500mmを使っていたけれど、カメラとあわせて3Kg
そろそろ持ち歩く時間に限界が出てきた
一日中持ち歩いて、あちこち歩き回るのがつらくなった

新しいシステムでは1Kg弱
とても軽い
しかも画像センサーの大きさの比較で、500mm以上の拡大率で写せる
早速試写した

オオバンの赤ちゃん
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バン
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チュウシャクシギ
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ホバリングするチョウゲンボウ
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さえずるオオヨシキリ
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こんなものかと、期待通りだった
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日光 開山堂と北野神社

野鳥を求めて入り込んだ東照宮浮気の山道
日光東照宮の東の山道を北へ上がると、輪王寺観音堂、開山堂、北野神社がある
ここへ来ると、もう日光観光客の雑踏から遠ざかれる
東照宮のすぐ奥なのに、とても静寂だ
新緑が明るい風景を作り、苔むした北野神社の祠を包んでいた
白糸の滝へ続く小さな道は、のんびりと散策したいところだ
いろは坂を登って、華厳の滝へでた
いつ見ても華厳の滝は名瀑だ

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イタリア大使館別荘記念公園

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中禅寺湖畔は、かつて外国大使館の別荘が多かった
その一つのイタリア大使館別荘は、昭和3年に建てられ平成9年まで大使の家族の避暑地として使われた
昭和初期の夏は、秘書に来た大使館関係者のヨット遊びの地でもあった
各別荘には桟橋が設けられ、買い物などの外出にも船やヨットを利用した

この別荘は、一階はワンルームのように作られた居間と食堂と書斎がある
二階に三つの寝室のある比較的こじんまりとした別荘だが、湖と山の景観を存分に楽しめる
杉皮で外装の表面を飾った、不思議で美しい建物だ
新緑の樹間に建つ姿は美しい

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旧中山道 和田宿

日曜日は、真田の郷、上田城を見物して軽井沢に宿泊
月曜の朝、目を覚ますと外は雪だった
外気温-3℃
とても寒い朝だったが、幸い雪はすぐ止んで積もらなかった
和田峠を越えて、美ヶ原に行く予定通り出発
軽井沢から策に向かう途中、浅間山の絶景が見えた

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佐久、立科町から旧中山道和田宿に入った
おおよそ900mの街道に家126軒、本陣1軒、脇本陣2軒、旅籠28軒があった
和田宿の人口は522人だったという
山間の街道町の面影が色濃く残っている和田宿は、そぞろ歩くのには楽しい処だった
山間にちらほらする桜、古い家に咲く桜、古刹信定寺の門前の桜が目に付く
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宿場の中心を流れる追川では、カワガラスとキセキレイが勢いの良い流れと格闘していた
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真田氏3代の郷

上田市真田町本原、ここが真田氏発祥の地だ
東に殿城山、西に東太郎山、背後には大松山がある南斜面の小高い処だ
広範囲に真田3代の足跡が見える
南には田園が開けている
後に本拠地となる上田城は、南西に6Kmほどの位置にある
ここにある真田氏館跡は、真田氏が上田城を築城する以前の居館跡で、四方を土塁で囲まれている
周囲は520m、中世豪族の典型的な居館の形態がみられる
隣接する真田氏歴史観では、真田3代の足跡を知ることができる
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将門伝説の地 日秀観音、将門神社、将門の井戸

我孫子のいたるところで、将門にまつわる話が伝えられている。
通称日秀観音、慈愍山観音寺は、行基が作ったという将門の守り本尊と言われる聖観世音菩薩が安置されている。
将門は、932年にこの近くに井戸を作り観音像を祭った祠を作ったという。
今日は釈迦の誕生日。花まつりに近くの人がやってきていた。
形の良い桜の大木が境内を覆うように花開き、風に乗った花吹雪が古をもい浮かべさせる。
DSC_3163将門観音寺

DSC_3165将門日秀観音

DSC_3168将門

日秀観音の境内には、「首曲がり地蔵」がある。
将門は、藤原氏が牛耳る朝廷の搾取に関東一円で反発し、地元の人々の支持を得た。
関東を理想郷として独立させようと新皇と称した。朝廷は反乱とみなして、940年に将門を討った。
この間、成田さんは将門調伏の祈祷を行ったという。
将門を敬う日秀の人たちは、成田山には足を運ばなくなったといい、その意思を示すため地蔵が成田山の方角を向かないように曲げて作られたという。
DSC_3164将門首曲がり地蔵

日秀観音から南へ下っていくと、右に将門神社、左は将門の井戸がある。
DSC_3177将門

将門の作ったという井戸は、四角い石囲がそこにあるすり鉢状のものだ。
日秀地区のハケの道付近に、今でも残されている。
井戸のそばでは、アカタテハが舞っていた。
DSC_3157将門アカタテハ

940年に将門が戦没するとその霊は対岸手賀沼村明神下より手賀沼を騎馬にて乗り切り、湖畔の岡陵に登り朝日の昇天するを拝したという伝説があり、、村人が一宇を奉祀したのが将門神社の起こりと言われている。
日秀は将門が幼いころ過ごした土地と言い伝えられ、地元の将門ひいきはその当時からだった。
DSC_3135将門

日秀地区には相馬郡衙正倉跡が残っている。
6世紀から10世紀にかけて作られた、租税の米を貯蔵する施設だ。
将門のころ、図のような大規模のものになったという。
近くの丘陵では、山桜が色づいていた。
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天神坂、三樹荘と加納治五郎別荘跡(我孫子の史跡)

天神坂の近くに、古くからのせんべいやがある
昔から市民に愛された味だ
天神坂の入口に案内板がある
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狭いく階段が見える、これが天神坂
坂に入ると左手に見える洒落た家がある所が三樹荘跡
天神坂を登っていくと途中の左手に3本のスダジイがそびえている
「智・財・寿」を象徴する木と当時の人は言っていた
ここを別荘の敷地としたために『三樹荘』と命名したようだ
三樹荘は、明治45年に嘉納治五郎の姉と姪が暮らした
甥である柳宗悦が、大正3年からの6年間住んでいた
やがて白樺派同人だった志賀直哉や武者小路実篤も我孫子に移住してきた
さらにイギリス人陶芸家のバーナード・リーチが三樹荘で窯を築いて作陶にはげむようになった
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加納治五郎別荘跡
嘉納治五郎は明治44(1911)年に柔道の弟子血脇守之助(我孫子出身、日本歯科大学創設、野口英世のパトロン)が我孫子を紹介したのがきっかけで別荘を持った
甥の柳宗悦が住み、第五高等学校時代の嘉納の教え子の東京帝国大学教授の村川堅固が我孫子に別荘を持つなど、我孫子に多くの文化人が住むようになったのは、嘉納の影響があった
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嘉納治五郎と手賀沼
嘉納が我孫子の手賀沼湖畔に別荘を建てたのは、美しい景観をこよなく愛したからと思われる
昭和初期に国営の手賀沼干拓計画が持ち上がり、手賀沼に危機がやって来た
嘉納は、我孫子在住の杉村楚人冠(東京朝日新聞記者)や村川堅固らと協議して干拓反対のために「手賀沼保勝会」を設立し、当時の農林大臣あてに「手賀沼干拓計画中止の陳情書」を提出した
やがて嘉納らの干拓反対運動が功を奏し干拓の危機をまぬがれ、手賀沼は残ることになった
その後、嘉納が委員を務める1936年のIOC会議で東京オリンピック (1940年)招致に成功した
しかし戦争の激化により開催を返上することになった
オリンピックが実現していたら、手賀沼をボートレース会場とする計画があったようだ

志賀直哉邸跡(我孫子の歴史散歩)

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旧村川別荘からハケの道を500m近く西へ向かうと、左に白樺文学館、右手に志賀直哉別邸宅跡がある。
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志賀直哉邸宅跡は母屋は残ってないが当時の庭木を残し、移築された茶室風書斎が残っている。
「白樺」同人の柳宗悦から我孫子の売り家を勧められ、大正4(1915)年に25.6坪の茅葺の家に3部屋増築し、生涯はじめて志賀直哉が自家を持った。
志賀直哉の住まいは、現在残る書斎とともに緑雁明緑地にあった。
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緑雁明緑地上から見た書斎の建物。
緑雁明緑地の大部分は、現在住宅地になっている。
DSC_2559我孫子の史跡1

ここで二男三女をもうけ、長年不和であった父親との和解を題材にした小説『和解』は、正6年にここで執筆された。
また我孫子の地で『城の崎にて』、『小僧の神様』、『暗夜行路』を次々に発表し、充実した作家生活を送った。
我孫子を題材にした小説を多く書いた。『雪の日』『流行感冒』などは、当時の我孫子の情景ばせる。
1..2Km西に離れた武者小路実篤とは、目の前の手賀沼を舟で往来していた。
大正12(1923)年、志賀は我孫子を離れ、京都に向かった。