十勝岳望岳台のエゾリンドウとミヤマカラスアゲハ

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久しぶりの青空に誘われて、十勝岳望岳台に行った
駐車場に入り切れない車が道路わきに駐車していた
そのほとんどが、十勝岳登山をする人だった
朝9時に登って昼時には降りてくる、手軽に十勝岳を楽しめる
しかし、望岳台から山頂にかけて雲が取り巻いていた
眺望を楽しむのをやめて、少し登ってみた
登るほどに白玉の木の白い実がたくさんあった
ぽつぽつとエゾリンドウがさいていたが、登るにつれて一面エゾリンドウになった
夢中になってエゾリンドウを写し始めると、ミヤマカラスアゲハが飛んでいるのに気付いた
追いかけると逃げられ、あきらめるとやってくる
そうするうちに、ずいぶんと登ったことに気づいた
痛かったたひざは、とても快調だ
ミヤマカラスアゲハは下山を始めた途端に、足元にまつわりついてきた
シャッターをたくさん切った
夢中になって時を忘れた
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日本一のひまわりの里

北竜町の小高い丘は黄色一色に色づいていた
ここは全国一のひまわりの里
ひまわりの黄色い色が目に焼き付いた
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ポー川史跡自然公園(標津湿原)

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標津は漁業の町だ
街について改めて感じた
漁港では、補修のためドッグに上がった漁船がたくさんあった
どれも大きい
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そばを食べに行ったが、てんぷらそばにした
魔女はいくらどんぶりとそばのコンビネーション
てんぷらの具は、2本のエビと2つの大きなホタテだった
蕎麦も美味しくて量がたくさん
いくらはたっぷりで、冷たいそばが美味しかった

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お腹が膨れたので、散策することにした
標津湿原だ
季節の草花がたくさん見られ、なかなか良い湿原で奥は小高い森になっていた
湿原を歩くと木道を鹿が横切った
こちらをちらっと見てから、立ち去った
自然豊かだ
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森の中に、3500年前と1000年前の竪穴住居あとがたくさんあった
伊茶仁カリカリウス遺跡という
古代のアイヌの遺跡だという
住居跡から生活道具が発見されている

湿原の手前には、明治以前からの開拓時代の建造物などがあり、この地が古代から現代まで人間の営みが延々残されている
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ポー川という小さな川の周辺は、のんびり散策するのにとても良いところだ

中標津の我が家

中標津では、小さなログハウスに逗留している
オーナーはとても親切な町会議員さん
毎朝新聞を運んできてくれる
彼は、毎夕方ノルディックウォーキングに出かけ、7Kmを歩くという

8月10日11日は小雨
午後には雨が上がったので、近所を散歩した
近所と言っても牧草地や畑
昨日は1.5Km行って戻ったので、3Kmの散歩だった
今日はひと区画を周って4.5Kmの散歩
膝はだいぶ回復したようだが、痛みはある
家は小さなログハウス、1Fに狭いけれどLDKとバストイレ
2Fは屋根裏部屋で寝室
狭くても周りは草花が咲く草原と森と畑
畑ではジャガイモの花が見ごろだった
そして屈折と反射望遠鏡が入っているという小さな天文ドームがある
ログハウス1

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ログハウス4

ログハウス5

ログハウス10

散歩道は広い農道
歩いてみると意外と起伏がある
広い畑には、ブロッコリーを植えて間もない
道端に咲く草花を眺め、道を横断するキタキツネを見つけ、興味気にこちらをうかがう牛と遊んだ

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ログハウス12

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畑や牧場を抜けると、町の通りが見えた
この先を左に二度曲がると、家に到着する
久しぶりの長距離歩行だったので足が痛く、疲れた
10日ほどかかったが、膝は確実に回復している
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今日はHeart’n Tree


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釧路湿原を見るために行ってきました
そして、当然ランチはHeart’n Treeで!
駐車場から体験教室と宿泊施設を過ぎてレストランへ向かうと、3匹のヤギがお出迎え
「ごきげんよう」と泣いて近づいてきます
そしてクーピーも・・・わんわんと歓迎してくれます
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手前にチーズ工房、続いてレストラン
レストランからの庭や山並みや鶴居の町を眺めるのが楽しい
何を食べたかって? 私はエビたっぷりのスープカリー、デザートはチーズケーキ
魔女は手製チーズが美味しいピザ、デザートはピーマンのケーキ
食事のことは、魔女のブログをどうぞ・・・
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ハーブガーデンが広くなって、綺麗に咲いていました
この庭でゆっくりランチをするのもよさそう
いろいろな花に蝶がたくさん舞っていました
ナスタチュームが綺麗に咲いているなんて、我が家と大違い
やはり涼しい土地柄が美しいガーデンを作っています
もちろん、庭の手入れをしている皆さんのおかげで、楽しませてもらいました
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ゲストハウスもお勧め
その手前に見える煙突のようなものは、露天風呂
かつてこの風呂に入りながら夕焼けを見ました
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鶴居村へ立ち寄ることがあったら、丘の上のレストランハートンツリーは絶対にお勧めです
サチコさんの料理は最高ですよ

羅臼から知床峠を越えてウトロへ

8月7日は知床へ行きました
ウトロの空は晴れるらしいとの情報を信じて走った
中標津から1時間と少しのドライブで、ウトロに着いた
まだ雲の切れ目が少なく、晴れるのかどうか心配だったが、観光案内所の勧めで相泊温泉へ向かうことにした
途中、港を見下ろす公園へ行くと、空が青くなってきた
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さらに走って、「クジラが見える公園」へ行った
灯台のある小高い丘だった
クジラは探せなかったが、国後島の大きな姿が見えた
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相泊までは25Kmほど、海岸線を走るとコンブ漁の番屋が続く
夏の時期は、この番屋で寝泊まりしてコンブ漁をするという
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やがて相泊温泉駐車場の看板が見えた
道路の両脇が駐車スペースになっていた
海岸の岩と砂の中に温泉があった
お湯につかってUターン
相泊が自動車で行ける半島の最南端
羅臼に戻って、知床峠を超える
青空を目指して登っていくと、羅臼岳が見えた
途中雲に巻かれているけれど美しい山の姿だ
写真を写す場所がなく、バス停で一時停車した
このまま上っていくと、峠付近は雲の中のような気がした
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それが的中し、霧に包まれ羅臼岳は二度と見えない
ウトロに降りても、霧雨山は雲の中だった
6年前、ウトロから羅臼に抜けようとして峠の途中で断念したことを思い出した
厚い雲の中に入って身動きが取れなかった
羅臼とウトロではこれほど天気が違う
この後知床五湖の木道を歩いて、長い一日の知床散策が終わった
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摩周湖表裏

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摩周湖には3か所の展望台がある
第一展望台は一番大きな展望台で、駐車場、トイレ、レストハウスが揃っている
以前行ったことのある第一展望台のほかに、第三展望台と裏摩周湖展望がある
裏摩周湖展望台は、小さな駐車場があるだけ
摩周湖を裏側(第一展望台の反対側)から見ることができる
ただ、木々が生い茂って見通しは良くない
表(第一、第三)から見えない風景が見えるところが、魅力だ

_D701129摩周湖

第三展望台は第一展望台の北にあるので、摩周湖と屈斜路湖が見える
第三展望台から見た摩周湖の正面に摩周岳が見える
ここは展望がよく、二つの湖が楽しめるので、大変おすすめのところだ

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春国岱の水遊びするエゾシカ

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春国体に着くころ、雲の隙間から青空がのぞいた
道東へ来て初めての青い空だ
往復3Kmほどの春国岱の木道を歩いた
帰り道は海岸にそって戻った
湿原の不思議な景が広がる、春国岱の魅力的な風景だ
水没した立木が枯れて朽ち果てる
中には、恐竜の骨の化石のように横たわっている
また、エゾシカのように見える立ち枯れ滝もある
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対岸に向かうと、ネイチャーセンターで確認したアオサギのコロニーがあった
そのすぐ近くで、10頭ほどのエゾシカがのんびり横たわっている
アオサギやエゾシカはお互いに気にすることはない
若いエゾシカだろうか
突然駆け出して水の中に入った
水しぶきを浴びてしばらく遊んでいた
水遊びするエゾシカなんて、はじめてお目にかかった
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ここの砂場に小さな黄色のウンランが咲いていた
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今日(8月3日)は野付半島

8月3日は曇り空
一日雲が空を覆っていた
車で40分ほどの野付半島に行った
前回は6年前だろうか? 野付半島は小雨だった
ネイチャーセンターを覗いて帰ってしまった
今日は雨にはならなかった
野付灯台まで行った後、野鳥観察舎で沼に浮いている野鳥を見た
ウミネコの大群が入れ代わり立ち代わり水浴びに来ていた
我先にと争うように着水して水浴びする
沼にはホシハジロやカイツブリもいた
上空にオジロワシが飛び、藪の中からタンチョウヅルが頭を出した
ネーチャーセンターに戻って、トドワラまで歩いた
ここは野鳥と草花の宝庫だ
砂州にはアオサギのコロニー、エゾムシクイ、ノゴマなどを見かけた
野付半島は、年々沈下している
トドワラは立ち枯れた木々がまるで海の中のトドのようだったという
狭いところで幅がわずか30mほどの半島
いつかは沈下して姿が変わるのだろうか?
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_DSC6305野付半島

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昨日(8月2日)は網走へ

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昨朝は、霧が立ち込め曇り空
雨が降るかもしれないという天気予報
北へ向かえば晴れ間があると、網走へ走った
中標津から100Kmほどで2時間以内のドライブだ

霧と雨の中峠を越えると、小清水町に出た
空は明るくなっていた
思わず車を止めたのが、小清水原生花園
広大な湿地には踏み込めない
木道が100mほどあるだけだ
湿原の道路を挟んで反対側には鉄道が走る
駅にはアジアからの旅行者が数人、列車を待っていた
やがて1両編成の列車(?)がやってきた
線路の奥は丘陵になって海へ続いている
草花と蝶が目に付く散策路があった
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小清水原生花園に長居したので、網走が遠くなった
網走は最初にシマリス公園に行った
愛らしいシマリスに会えた
子供のころ、山の中で何度も出会ったシマリスに逢いたい思いだった
この公園内で繁殖しているという
餌と注意事項を聞いてシマリスに逢う
園内を縦横に走り回るシマリスの動きについていけない
ベンチに腰掛けて餌を取り出すと、ぴょんと手のひらに載ってくる
とても愛らしくて、時間を忘れてします
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日が傾いてから、網走監獄へ行った
明治初期の建物が、とても懐かしさを感じた
戦後間もないころに通じる雰囲気を感じた
囚人たちは、ソ連からの国防と、北海道の開墾の先兵(屯田兵の先駆けとして)として道内の幹線道路を建設したという
多くの犠牲者を出した、凄惨な歴史が刻まれていた
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帰り道に越川橋梁(第一幾品川橋梁)後を見た
国鉄のアーチ橋だ
ただ通るはずの線路は、この橋梁まで伸びずに廃線になったという
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中標津町へ

7月29日午前5時に自宅を出発、一路十和田湖休屋のホテルを目指した
常磐道を仙台まで下り、東北道に入り十和田湖に着いた
奥入瀬の清流と湖畔の乙女を見物、夕食を食べて温泉に浸かった
奥入瀬は水量が多くて、楚々とした清流ではなかった
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_D700256北海道へ

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30日は午前7時にホテルを出発
奥入瀬に沿って走り、懐かしい蔦温泉をちらっと見て青森のフェリーターミナルに到着
蔦温泉に泊まったのは、2000年の夏、ずいぶん昔のことだ
風8m、波2mの船旅は快適で、ひと眠りすると函館だった
函館からは苫小牧のホテルへ直行、夕方5時過ぎにチェックインして街へ出かけた
歩き始めて間もなく、古傷の右ひざに激痛が・・・・

31日は朝食後7時30分に出発し中標津へ向かう
膝の具合はとても悪く、途中魔女に運転を代わってもらう
濃霧と雨の中の運転で、魔女にも大変な負担がかかってしまった
お昼時に釧路に着いた
北海道の高速道路網は毎年延長されて便利になっている
ランチを食べる店を物色しようと思い立ったのが、鶴居村のハートンツリー
早速、オーナーの佐知子さんの顔を見に行った
お店は人気店、お客さんでごった返しているとにもかかわらず飛び入りを歓迎してくれた
おかげで久しぶりの美味しいランチにありついた
ここから中標津へは1時間半ほど
食後すぐに出発して仮住まいに到着したのは午後3時だった
2週間と少しの生活が小さなログハウスで始まる
町中のショッピングモールから500mの森と草原の中の家は、緑が清々しいところです

自宅から仮住まいまでの走行距離は1,381.9Km、青函フェリーが108Km、総距離1,488.9Km
2泊3日の旅でした

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松前武家屋敷と藩主墓所

松前は桜が美しいところのようです
北の武家屋敷から南の松前城にかけての緩やかな下り斜面には数々の社寺が点在し、その空間には桜があります
春5月の初めには桜花で埋め尽くされるのでしょう
武家屋敷といっても町家が多く、しかも街に点在していたものを集めた、いわゆる博物館の様です
萩や佐倉のようなものを想像していたので、残念です
松前家の墓所は、福山城(松前城)の北の寺町の一角にある法憧寺境内の北東隅にあります
福山城が築城された後、ここに藩主とその室や直子等の墓を集めたものの様です

武家屋敷1

武家屋敷2

武家屋敷3

武家屋敷4

武家屋敷5

渡島大島、渡島小島

松前の海岸は、奇岩が並ぶ風景が美しいところです
海の向こうには、三角形の渡島大島と台形の渡島小島が見えます

渡島大島は松前から西方沖50Kmにある無人島です
渡島大島の面積は約9.73km² 、高さ737mの火山で、日本で最大の無人島です
海中火山が噴火してできた島で、1741年(寛保元年)8月27日に大噴火の記録があります
噴火の翌日に、島の一部が2000mといわれる海底まで大崩落して、津波が発生下といわれています
津波の原因は今だ議論されているようです
北は熊石(現在八雲町)から松前にかけて1,467人の死者を出しました
この島は、オオミズナギドリの北限の繁殖地として知られています
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松前町の沖約23kmに渡島小島はあります
ウミガラスやウミウ、ウミネコ等の海鳥の繁殖地です
無人島のため島へのアクセス手段はないが、近海で操業する漁船の避難所・休憩所としての小島漁港があるそうです
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ニシン番屋の原型、旧笹浪家住宅

享保年間(1716~1735)に能登国笹波村から渡たり、上ノ国に移り住んだ笹浪家は、鰊漁などを営んできた旧家です
この住宅は19世紀の前期に五代目久右衛門が建てたといわれるものです
家屋の部材の大部分にはこの地方のヒバが使用され、屋根はヒバの割柾葺(わりまさぶき)で、冬の強風に飛ばされないようにヒバ葺き屋根には、石が置かれている
柾葺きの屋根の下は居室になっていて、天井がない
家の中にいても、冬の寒さは厳しいものだと思った
築後約150年に笹浪家から町に寄贈され、平成4年1月21日に国の重要文化財に指定されている
北海道の現存民家では最古で、ニシン番屋の原型とも言われている
別棟でたてられている蔵は、ヒバでおおわれている
この地方が風雪から土蔵を守るため、このような姿だ

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7380Kmの夏休み

7月5日から2か月に及ぶ、夏休みが終わりました
北海道江差町で居住した2か月は、今までにない北海道の海を楽しみました
エンディングは9月3日の夜から
江差最後の食事は、津花館での夕食です
レストランの窓の外は鴎島の全容が見え、夕日が沈んだ後の景色を楽しみながらの食事でした
私は江差名物のニシンの親子丼の定食、当然ニシンと数の子です
蕎麦は江差産、松前漬けもついていました
魔女は大きなクルマエビのフライ
ビールで乾杯した江差最後の食事でした
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翌朝町役場にお礼の挨拶をして、12時のフェリーで青森へ向かいました
函館港は、様々な船が停泊しています
江差追分会館であったイギリスの南の海岸の街から来たという団体が乗っていただろうと思える、大きな客船もいました
函館山、五稜郭タワーなど思い出たくさんの町が一望でした
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青森からは十和田湖のレークサイド山の家まで行って一泊でした
青森からの道すがら岩木山は雲の中、今にも嵐が来そうでしたが、十和田湖へ着くと夕焼けがきれいでした
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土砂降りが終わった今朝は青空
湖畔の緑がとてもきれいな十和田湖です
快適なドライブで自宅まで無事たどり着き、全行程7380Kmを走った北海道の夏休みが終わりました
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さよなら江差 ありがとう江差 2/2

(思い出の写真2/2)
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江差良いとこ11
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江差良いとこ13
江差良いとこ14
江差良いとこ16
江差良いとこ15

さよなら江差 ありがとう江差 1/2

いよいよ江差から帰る日
2か月の間、熱い人情、歴史とたんたんと繋がれた文化、新鮮な魚介類に浸りました
今までにない経験です
ありがとう、そしてさようなら
(思い出の写真1/2)
江差良いとこ1
江差良いとこ2
江差良いとこ3
江差良いとこ4
江差良いとこ5
江差良いとこ7
江差良いとこ8
江差良いとこ6

江差フットパス  江差いにしえ街道

江差のフットパスを歩いた
最長は6Km、町の北のはずれまで行く
海岸に近い通りは、西風を避けるための木の塀が並ぶ
冬の厳しさがわかる
いにしえ街道は、案内がいたるところにあるので、とても歩きやすく目的にすぐたどり着ける
それ以外のフットパスは、地図片手に歩く
ところどころに小学生手作りの案内がある
これがとても楽しい
おかげで2か月の滞在中に何度も街歩きを楽しんだ
たくさんの思い出が残った

江差フットパス1

江差フットパス2

江差フットパス3

江差フットパス4

江差フットパス5

江差フットパス7

江差フットパス6

旧関川家別荘  江差いにしえ街道

江戸時代から明治にかけて、江差No1の豪商、関川家の残した別荘が現存します
別荘には蔵があり、調度品などが残されています
また、客人をもてなすのに使われたようです
蝦夷最大の商業都市だった江差には、とんでもないくらい大きな商家があったようです
函館の街を築くのに大きな貢献をし、国後択捉などを拠点に海産物を扱った高田屋嘉兵衛は、すでに江差には豪商がひしめいていたので、拠点を寒村の函館にしたほどです

以下の説明のように、江差町のホームページでは、関川家について詳しく書いてあります
「関川家は江差随一と歌われた豪商でした。初代関川与左衛門が1600年代のおわりに越後(新潟県)から松前福山城下に移り、間もなく江差の姥神町に定住しました。二代目になって家業の酒屋から事業を拡張し、沖の口業務に加えて、回船業や米穀問屋、金融業、醸造業などを経営し繁栄の基礎を築きました。
関川家では最盛期3隻の北前船をもっており、その他にも10隻を買い入れて、本州各地との交易で事業を拡大してきました。在郷商人の第一人者として、また、松前藩の御用商人として代々名字帯刀を許され、松前藩第一の豪商の名をほしいままにしてきました。
明治30年代、関川家は9代目の代になって江差を離れるまでの200有余年、江差の町づくりに数々の貢献をしてきました。古くは安政5年(1858年)、弁天島(鴎島)の灯台設置。明治になると小学校や公立病院の建築などに私財を寄付。さらには道議会開設の提言者として、自治制度施行に大きな功績がありました。
現在、残されている建物は関川家の別荘で、庭は樹齢200年といわれる古い木がそびえる1万1千平メートルの広大な自然庭園となっています。「えぞだて公園」も元はこの別荘の庭園でした。母屋の縁側からこの庭園の池も見渡すことができ、関川家代々の主人たちが文化人たちと俳句などを楽しんだそうです。」

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旧檜山爾志郡役所 江差いにしえ街道

江差いにしえ街道を見下ろす位置に、旧檜山爾志郡役所(北海道指定有形民族文化財)があります
現在は郷土資料館として使われています
ここで目を引いたことは、明治時代に設置された北海道の郡役所としては、唯一現存していることです
当初の状態に復元された江差の象徴的な建物です
壁布のすべてが復元されたようです
陳列されていた五勝手鹿子舞の装束は独特で、江戸時代にヒバ(ヒノキアスナロ)を伐採した樵が暮らす五勝手村(江差町に地名が残っている)で行われたものです
私が子供のころに遊んでかるた(百人一首)がありました
取り札が木(朴ノ木)でできています(懐かしいなぁ~)

以下は江差町のHPを引用した旧檜山爾志郡役所の説明です
「旧檜山爾志郡役所」は、北海道庁の出先機関である郡役所と警察署の業務を執り行なう建物として、明治20年(1887)に建てられました。
その後、檜山支庁と江差警察署の合同庁舎、江差警察署の単独庁舎、江差町役場の分庁舎などに使用され、明治・大正・昭和・平成の江差を見続けてきました。またその間には、建物にさまざまな手が加えられてきました。
1992年(平成4年)には、道内でただひとつ現存する郡役所として、道指定有形文化財の指定を受け、江差町では、1996年(平成8年)から1997年(平成9年)にかけて、創建当時の姿に復すべく保存修理を行いました。
現在は、明治時代の貴重な建物をご覧いただくとともに、江差町郷土資料館としても活用をしています。
主屋2階建1棟、附属平屋1棟
木造寄棟、桟瓦葺  
1階327.21㎡/2階231.36㎡

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江差で一番、それは鴎島

鴎島は2か月の江差滞在中に一番多く足を運んだところです
3日に1度は鴎島に行きました
行くたびに新しい発見があり、美しい風景を見せてくれます
エゾカワラナデシコは岩にへばりつくように可憐な花をつけています
ハマナスは真っ赤に熟したおいしそうな実がきれいです
浅瀬の岩場にはウニ、ウミウシ、ヒトデが見えます
浜辺にはカモメ、千畳敷の芝生や岸壁では、いつもセキレイが遊びイソヒヨドリが陣取っています
灯台の見える風景は、どこから見ても安らぎを感じます
海は広大な日本海
漁から帰る小舟が近きを通ります
奥尻島から帰ってきたフェリーはいつの間にか大きくなって港に入ります
島から見える江差東別院の大屋根や、旧郡役所は江差のいにしえ街道の上に見えます
島を見るとその前に陣取っているのは、復元された開王丸
天気がよいと必ず足が向く鴎島です
9月になると鴎島に秋風が吹き始めました

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大沼公園から帰ると江差は大きな夕日

野鳥の撮影を目的に、大沼公園へ行ってきました
野鳥のいるポイントがわからず、やみくもに今まで行ったことのないところに出掛けたのです
しかし、そう甘くはありません
水鳥は、昼寝するカルカモ、蓴菜沼は遊歩道が危なげな木道で見晴らしが悪く、大沼森林公園では鳥のさえずりが少なくて、野鳥探しは不発でした
大沼の北端で一人ぽつんと椅子に腰かけて三脚にカメラを付けた重装備の人影があり、「何を狙ってますか?」と訪ねると、そのご夫人は「カワセミなどが来ないかと思って・・・」と答えました
仕方なく、まだ咲いてる蓮花や、トンボやキャンプ場のボート、頭の雲を払った駒ヶ岳などを写しました

ランチは湖畔近くのお店に飛び入り、パスタを食べたのですが、これはとてもおいしくて今日の救いでした

江差町に戻ると西の空が雲一つありません
早めの夕食を済ませて出かけると、大きな夕日が沈みかけているところです
帰ってきた奥尻航路のへりーボートとコラボレーションした夕日がきれいでした

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トラピスト修道院

トラピスト修道院へ来たのは二度目
最初は中学の修学旅行でした
青函連絡船に乗って十和田湖に行く途中、湯の川温泉に泊まりトラピスト修道院に来たのです
その時、トラピスチヌ修道院も見学した記憶があります
ポプラ並木は見覚えのあるもの、バター飴を土産に買ったものでした
院内には牛がいて、周りは牧草地
広大な敷地の中の静かな修道院でした

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鴎島のカモメ

江差の鴎島は夕日の名所ですが、夕日だけが売りではありません
折居伝説、北前船の係留史跡、海水浴などなど見どころ遊び所がたくさんあります
すでに夕日と咲き誇る花々の紹介をしました
島の西側は平らな岩盤が後代に広がり、その先は遥か日本海を見渡します
この岩盤の海岸には海鳥が多くいます
数種類のカモメやウミネコ、ウミウが主です
岩盤の一部が低くなり、満潮時にはプールのようになるところがあります
ここは鳥たちのたまり場
小魚を捕まえたり、水浴びしたり、仲間と語らうかのようにしています
種類が違っても仲良しなのです
鴎島はカモメなど海鳥の楽園でした

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高田屋嘉兵衛 ・・菜の花の沖・・

函館に来て見たかったものの一つが、高田屋嘉兵衛
とりあえず通称高田屋通りにある銅像を見た
函館山を背景に、港を見下ろす場所に銅像があった
高田屋嘉兵衛関連資料を展示する「北方歴史資料館」は2013年に閉館
箱館高田屋嘉兵衛資料館は、健在だった

嘉兵衛は淡路で生まれ、極貧の中から這い上がり回槽業を営んだ
1796年に蝦夷で営業するに至るが、その当時は松前藩の息のかかった近江商人が松前や江差で商っていた
まだ、開発が進んでいなかった函館に拠点を構え、兵庫から酒、塩、木綿を酒田に運び、酒田からコメを函館に運んだ
函館からは魚、コンブ、魚肥を上方へ運んで商った
幕臣近藤重蔵に依頼されて、国後、択捉と蝦夷の航路を開発して、国後択捉に17か所の漁場を開きアイヌに涼を教えて北方領土の海産物を取り扱った
また、函館の基礎を作り発展させた最大の功労者で、当時を代表する豪商になった
幕府が直轄とした蝦夷にロシアが開港・通商を求めてやってきた際に、択捉の南部を襲撃・略奪したロシア兵をとらえたゴローイン事件があった
嘉兵衛はロシアの地へ入り、半ば幽閉されて問題解決をした功績も有名な話だ
数々の功績があった高田屋嘉兵衛の姿は、司馬遼太郎の「菜の花の沖」に生き生きとしてえがかれている


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高田屋嘉兵衛

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高田屋嘉兵衛資料館


江差町民の森

先日のことでした、江差町民の森に行こうとして道を間違えてしまいました
道を確認して再挑戦
自転車をころがしていったのですが、途中から砂利道の登り坂
車輪をとられて運転不能なため、自転車を押しながら2Km山道を登りました
道祖神が迎えてくれたその先には、町民などの植樹をしたヒノキアスナロ(ヒバ)の森が見えました
就任当時29歳という日本で一番若い町長主催のツアー記念植樹などされ、苗木が育てられていた
森の奥は様々な形態の広場や森があって、楽しい
湿原には蛍が住み、運動広場は広大な芝生、秋の園では黄色い草花が一面に咲いていた
トンボと蝶が足元を舞って、カメラを思わず向けてみたくなる
森の片隅に陣取っていたのは、トビ
獲物を狙って周りを見渡していた

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神仙沼湿原

標高765mにある、ニセコの神仙沼湿原を歩きました
神仙沼湿原は4.18haあり、ニセコ山系の沼の中で最も美しい沼と称される神仙沼付近を歩いたのです
神仙沼湿原には池塘が点在しており、初夏はエゾカンゾウやワタスゲが咲く、ニセコのお花畑です
総延長1388mの木道はとても歩きやすく、だれでもトレッキングを楽しむことができます
地元共和町の幼稚園児が、湿原散歩にやってきてました
湿原の周囲にはダケカンバ、トドマツの巨木が森を作り、その樹間にハイマツが茂っていました
花の季節は過ぎていましたが、静かで美しい湿原と沼でした
トンボや蝶などの昆虫、野鳥の声がとても多く、自然の宝庫だというのがよくわかります

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もう一度 ニセコCowParade

前回のニセコ(8月21日)は、あいにくの曇り空
山がよく見えませんでした
比羅夫と羊蹄山どちらも霧のベールの中、シルエットだけでした
そして、まだ見ていないCow達が呼んでいるような気がして、出かけました
今日は全道何処も晴れの予報、前回外れた予報だけれど今日は大丈夫そうだった
見残したヒラフの一部と、東山のヒルトンニセコビレッジとミルク工場に行きました
羊蹄山山頂の一部に雲がかかっていたのですが、晴天の一日でした
12匹の牛と、前回同様アメリカンなランチ、ミルクのおいしいアイスクリームを青空の下で楽しみました
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絶景360度のパノラマきじひき高原

北斗市のきじひき高原からの眺めは最高
南には、北海道新幹線の湾曲した線路や駅舎、函館の街や函館山の向こうにうっすらと下北半島が見える
北を見ると、大沼小沼と駒ヶ岳の全貌が見える
眺望のきく好天の日は、きじひき高原の展望が楽しい

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ゴジュウカラとアカゲラ

江差をくまなく歩いたつもりだけれど、まだ行っていなかったところがある
それは松ノ岱公園だ
公園はすぐ見つかった
小さな池があるからだろうか、トンボが多い
それもオニヤンマが羽音をたてて飛んでいた
自転車を置いて公園の奥の坂を上る
かろうじてわかるルートを行くと、見覚えのあるところに出た
護国神社の横の緑ヶ丘の広場だ
広場に出る途中の林に、鳴くアカゲラを発見、続いてゴジュウカラが木を啄んでいた
カメラを構えるや否や、耳元に聞き覚えのある音が聞こえる
それもかなりの数だ
蚊の大群が襲ってきた
シャッターを何度か押して退散した
蚊取り線香、虫よけスプレーなど対策してリベンジだ

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