江差いにしえ街道 江差港の朝と開陽丸

今朝は、海上に霧が立ち込めていた
雲間から弱い陽ざしが差し込んで、西の鴎島がうっすら照らされていた
その傍らに開陽丸が見える
江差港は、巡視船、漁船、奥尻島へのフェリーなど様々な船が見られ、小さいけれど楽しい風景だ
港の片隅に、碑があった
「開陽丸終焉の地」というものだった
碑文(下記)を読むと、幕末から維新にかけて江差が登場することが理解できた

「旧幕府軍旗艦開陽丸は、明治元年(1868)11月15日、この沖合北200メートルに座礁した。
この開陽丸は、オランダに発注した、当時最強最新鋭、近代日本海軍の創出に連なる軍艦であった。
日本に廻航された慶応3年(1867)は、幕府苦悩の時であり、明治維新の胎動ともいちすべき戊辰戦争に巻き込まれていくことになった。すなわち、開陽丸は、北海道に新天地を求める榎本武揚ら徳川家臣団によって函館戦争に参戦、松前藩経済の中心地江差に闘病した。しかし、不幸にして暴風雨に遭遇、遂に十数日後その英姿を海中に没したのであった。
榎本をして、「暗夜にともしびを失う如し」と嘆かせ、悲願を挫折させた開陽丸終焉の地は、ここ江差である。」

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