子之神大黒天、延寿院 (我孫子の史跡散歩)


我孫子は東西に細長い
昔は現在の国道356付近を尾根とした、とてもほど長い台地だった
南は手賀沼が迫り、北は鬼怒川(江戸の付け替え工事以降利根川)があった
現在の我孫子駅から東に300mほどのところに我孫子宿があって成田街道と水戸街道へ分かれていた
子之神大黒天、延寿院は我孫子宿から700m東にあり、国道356から、あるいはハケの道から入ることができる

356経由から入ると、屋根付きの鳥居がある
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2016-02-25 (1)我孫子の史跡1

ハケの道からは、急な階段を上って入る
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  子之神大黒天略縁起では、行基菩薩(行基を慕って教えを乞うた1000人)が、諸国国分寺を巡る折りに、下総国分寺で薬師如来と十二神将及び大黒天を刻んで安置した。
しかし、国分寺が度々火災の厄にあうので、尊像を各地に奉遷することとした。「子大将神と大黒天の尊像は、三方に湖水を見下し松杉のそれにも増して厄除ひいらぎの霊木の群茂する当地に康保元年(964)1月8日に一宇を建立したという(子の年の子の日)。
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延寿院は白花山と号し真言宗豊山派の寺院(開山開基不詳)、古くから子之神の別当寺(神仏習合が行われていた江戸時代以前に、神社を管理するために置かれた寺)で、大正7年6月に子之神境内に移転した。
境内には神仏混淆の色彩が強い。本尊は不動明王で、他に厨子入木造彩色の子将神像及び厨子入のえびす、大黒天像その他の像がまつっている。
子之神大黒天延寿院には、源頼朝が脚気にかかると夢に白ネズミに乗った翁が現れ、柊で足を祓うと治ったといわれる伝説があり、足腰の病に効験があるとの信仰がひろまり、参詣者で賑わうようになったとされている。
絵馬の代わりに、金のわらじに願いを書いて奉納するのは、面白い。
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街道筋に寛政元年(1789)と12年造立の道標はそれを物語り、安政3年(1856)3月15日より60日間深川永代寺にて下総国我孫子宿権現開帳(別当延寿院)したと伝えられている。また文化3年(1806年)には、小林一茶も参詣したとされる。
毎年10月の第4日曜日に「柴燈護摩(さいとうごま)火渡り」が行われる。
東のはずれには子の神古墳がある。小さな前方後円墳だ。
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ここの近くに、蝶の生育を展示しているお宅がある。出窓に蝶の標本と生育中のさなぎが展示され、3月中旬には蝶になるという。
さなぎから蝶になる瞬間を見られると、いいなぁ~と思う。
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