赤平

赤平の地名は、アイヌ語が語源だという
「山稜のガケ」を意味する「アカピラ」、「赤い崖」を意味する「フレ・ピラ」に由来すると言われている
かつて石炭産業で栄え最盛期には59,430人の人口(1960年)があったが、現在は1万人程度だ

朝1時間自転車で赤平を周った
ほんの少しのエリアだけれど、懐かしくてうろうろした
ズリ山は先日登った
標高差100mほどまで積み上げられた石炭を除いた採石は、三角形の形をしている
現役時代は常に新しい石が積まれるので、石の山だった
50年近い年月で、樹木に覆われて他の山と見分けがつかなくなった
頂上から、赤平の山が良く見えた
ほど近い公園に、採炭現場で殉職した人の慰霊碑があった
大勢の人が落盤などの犠牲になった

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次は赤平公園
小さな沼と原っぱと丘の森でできている
5月になると丘に登り桜を楽しんだ
丘の中腹には山桜、沼周辺にはソメイヨシノが咲いた
紅葉も綺麗だった

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旧豊里の踏切は、小学校通学の時に通った道
家から5分ほどの道のりだったが、もっと遠かったように思う
炭住と言われる住宅の周りは、田んぼがあって秋には稲が穂を垂れていた
その当時踏切を通過するのは、蒸気機関車だった
長蛇の貨物列車を飽きずに眺めたものだ
今は1両のジーゼルが行く

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空知川は思い出深い
炭鉱が活況だったころは、黒い水の川だった
石炭を掘って選炭した後に出る黒い水(粉炭が含まれる)が流入していたからだ
日曜日になると、普通に美しい水になる
町を二分する空知川は、冬には凍り付くので徒歩で渡った
もちろん事故の内容に管理されていた
現在は水害の後に堤防が管理して、公園化された
子供たちの遊び場、市民の散歩道になっていた

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午後、エルムケップ山の中腹にある温泉に行った
眺望の良いところだ
オートキャンプ、ロッジ、コテージがあり、日帰りでもテニスやバーベキューなどを楽しめる
私が住んでいた時にはなかった施設だ

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COMMENT

藤棚

豊里小学校の庭に、我が家が贈呈した(父が)藤棚があったと思います🎵以前訪れたとき、大きくなってました。
その後エルム山に行きましたが、鹿の親子に会いました🎵

Re: 藤棚

藤棚は知らなかった
変わっていないのはグランドと二宮金次郎
エルムの山は、リゾート開発が進んでいるね

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