赤平思い出巡り

赤平駅前の通りを北に向かうと市役所がある
その手前に」、根室本線の踏切があった
しかし今は踏切がなく、地下道になっていた
市役所の向かいにある建物は、昔のものそのものだ
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地下道を通らず、赤平神社の先の道を行くと美園町にでた
美園町の交差点を突っ切っていくと、かつて石炭を運ぶための引き込み線の跡が道路になっていた
そのまま進むと、東京へ出てくる前の3年間暮らした家の近くに出た
踏切に近い角地には工場が建っていた
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さらに進むと、二つのずり山を左手に見る山道に出た
この道を登って、夏休みは山歩き
山ブドウや、桑の実を食べた

シマリスやエゾリスを追いかけた
冬はスキーで山を駆け巡り、朝出た4時ころに帰る毎日だった
先に行こうとすると、クマが出る!銃で駆除中!などとの看板がって断念
もはや裏山が安全ではなくなっていた
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生まれたのは西宮下町
今はクマがっ出るという山すそだった
かっての家があったところがどこかわからない
しかし、近くの踏切がそのままだ
冬、道路が凍り付くと踏切の坂をスケートで滑ったものだ
汽車はめったに来なかった
踏切のすぐ先に、小学校がある
いまだに二宮金次郎の像が残っているが、壊さずにいただけかもしれない
小学校は二分の一に縮小され、使われない校舎跡は住宅地になっていた
校庭の端から西を見ると二つのずり山と暮らしていた地域がよく見えた
その右手には、スキーを楽しんだ斜面がそのまま残っている
今でも子供がスキーをしているのだろうか?
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空知川に沿って東へ向かうと踏切が見えた
東宮下町の家の近くの踏切だ
同じ道を戻ると、もう一つの橋に出る
空知川が良き見える橋で、西を見ると豊里のずり山がよく見えた
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橋を渡っていきついたのは、中学校
校舎は変わっているけれど、校庭やグラウンドはそのままだった
大きく変わったのは、3か月だけ通った高校の校舎がなかったことだ
校舎の下にあった思い出のテニスコートはすでに工事中
アパートが建つようだ

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赤平公園ではオンコ)一位の実が赤くなって食べころ?だった
そろそろ秋真っただ中になるだろう
空知川に沿って戻ると、夕日が豊里の山に沈むところだった
なぜか両親が暮らしていた様子を思い描いた
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